野次が飛んだ! 四面楚歌! 非国民! 反論させないのか!(安部司講演会その4)

 最後の「質疑応答」待ってました。この瞬間を待っておりました。早速挙手、マイクを取り上げて、“原稿”を持って、私は喋り始める。私が嫌味っぽく、「添加物の神様」と言うと、安部司は「人に言われただけ」と。アンタ、本では「添加物の神様と呼ばれた」「歩く添加物辞典」「苦しいときの安部頼み」と、自分が如何にに凄いセールスマンだったか、散々書き散らかしてるね。
 すると、私の近くにいた、体育教師風のオッサンが、議事進行を是とする与党総会屋のごとく、紙に書いたものなんか読むなと、文句を言い出した。町の職員と思われる男性司会者も、困惑したような表情で止めようとする。
 安部は私に向かって、
「批判があるなら、メールアドレスを公開しているのでそちらに送ってください」
「アンタも本を出したら?」
と捨て台詞を吐いた。こんな、嘘と誇張にまみれた講演で、質問も反論もさせないつもりか? 驚いたことに、聴衆からも「そうだそうだ!」と、安部を擁護する野次が飛んだ。私は怒りが頂点に達し、安部の目の前で、席を立って退出してやった。
「ブログ書いてます。Googleで『安部司 批判』で検索してください、私が書いたものが出てきます!」
と野次が飛び交う中、去り際にマイクで怒鳴ってやった。
 ホールを出ると、「ハプニングがありましたが……」と安部の声が漏れ聞こえてきた。そうか、安部にとっては「ハプニング」なのか。受付の女性に苦情を述べ、「松永和紀さんを講演に呼べ」とねじ込み、会場を去った。さようなら福崎町。
 思えば、日本が日独伊同盟、米英との泥沼の戦争に突入する前、命がけでその流れに抵抗しようとした言論人や政治家や軍人(米内光政や井上成美など)は少なからずいた。ところが、バスに乗り遅れるな、反対する奴非国民とレッテルを貼られたものだ。これは現代の「非国民」扱いではないのか?
 私が質疑応答で読み上げようとした“原稿”は以下の通り。一部我楽者さんからアイデアを頂いた。

 こうやって、話を聞いたり、実演を見たりすると、「人はなぜ騙されるのか」という見本を見た思いでございます。まあ何と言うか、SF商法の説明を髣髴させる。そこまで悪質でなくても、TVショッピング。

ここで妨害されたが、その後に喋ろうとしたこと。

 食の安全とは科学の問題ですが、科学的にはあなたの実演など何ら意味がないばかりか、科学のようで科学ではない、ニセ科学ですらあります。
 さて、『食品の裏側』にある、ネズミの致死量から添加物の基準を決めているというくだりは、完全な間違いであります。実際には、動物実験のあらゆる検査で、その動物に一生涯与え続けても毒性が認められなかった「無毒性量」から添加物の基準を決めていることは、「その危険性や使用基準も、試験でもあれば満点を取れるほど、詳細に答えることができ」た安部さんが、そのような間違いを平気で本に載せていることは、どういう了見であるかということ。
 元毎日新聞記者、松永和紀さんの著書『メディア・バイアス』で、おそらくこの点を批判されたことに対する反応だと思いますが、「一般の主婦の方にも理解しやすいように、科学的論証の部分を大幅に省略しており」云々と答えていらっしゃいますね。1990年に『暮しの手帖』が行った有名なアンケートで、主婦と癌の疫学者に、日常生活で触れているものの内、発がん性に結びつく因子は何かと聞いたところ、主婦は「農薬」と「食品添加物」、癌の疫学者は「たばこ」と「普通の食事」と答えたというのなんか、その辺のずれの典型でしょう。また、「添加物の話は今日しません」と最初に仰った。「添加物は1500種類もあるから、知る必要はない、知らないものは避ければよいと。これを愚民化政策と言わずして何と言いましょう。要するに、主婦は無知だと決め付けて、主婦を騙したんですね。そして、主婦を騙せば周りがついてくるという商法ですね? ところが近著『なにを食べたらいいの?』では、えらい上から見下した態度で、「モラルのない人間は厳罰に処するべき」とか「刑法の詐欺罪を適用すべき」と仰ってる。営業では「嘘も方便」なのかも知れないけれど、モラルのないのはどちらなのか? その言葉、安部さんにそっくりお返ししたいと思いますが、いかがでしょうか?
 あともう一点。お子さんが、自分が売った添加物を使ったミートボールを食べたのを知って、『食品の裏側』では「翌日会社を辞めました」ってあるけど、即日辞表を出して、自分の仕事の引継ぎもせず、取引先への連絡もせず、自分が売った食品会社に対して謝罪の言葉もなく、社会人としての最低限の仕事もせずに、即座に会社を止めたとすると、どういうことですか? ところが、『なにを食べたらいいの?』では、「翌日辞表を出しました」にトーンダウンしている。どちらが本当ですか? お聞かせ願います。 

(終わり)